Modern Life Is Rubbish

美しいもの。本、映画、音楽、そしてそのほか雑文

ギリシャ・オランダ夏旅行(08)

(08) ロンドン経由でアムステルダム

2013年9月4日 水曜日

 
●1. サンダル事件
 十分波乱に富んだザキントス島日帰りの旅を終え、この日は移動の日だった。そう、愛すべきギリシャにお別れをして、オランダに旅立つ日である。まだまだこの平穏と幸福の島ケファロニアをゆったり堪能したい気持ちでいっぱいだった。ペタニ・ベイ・ホテルの元気印の女将も「あー、短かったわね!また今度ゆっくりいらっしゃい!」と豪快に笑って送り出してくれた。
 
 ケファロニアからアムステルダムへは、ロンドンのガトウィック空港を経由して行くルートだ。午前中にケファロニアを発って、お昼過ぎにロンドンに着き、2時間以上の待ち時間を経て、アムス行きのフライトに乗る。アムスに着くのは17時とか18時とかそのくらいになる予定の旅程である。
 
 ケファロニアからロンドンへの飛行機では、ふたりでふざけながらポーカーやUNOに興じる。こういうなにげない移動時間が私は大好きだ。一人旅でも、誰かと一緒の旅でも。ふざけていても、だらだらとしていても、好きな本ばかり読んでいても、誰にも文句はいわれない。だって、今私は(あるいは私たちは)「どこかへ」移動しているんだもん。極めて個人的世界に入り込んでも、生活の役に立つ実用的なことを何一つしなくても、なんとなく言い訳が立つような感覚。
 
 ロンドンのガトウィック空港では、一応ヨーロッパ内とはいえ国から国への乗り継ぎだということからか、いろんなところに並んでいろんな手続きみたいなものを済ませなければならなかった。人の列には、ロンドンらしくおしゃれなファッションに身を包む人たちもたくさん見かけた。それから、私たちがアムスへ行くのに使ったEasyJetという航空会社は、おそらくヨーロッパ内でめちゃくちゃ繁盛している格安航空会社なのであろう、チェックインカウンターには長蛇の列といっても足りないくらいの超行列ができていた。
 
 さて、成田で問題になった「パスポートの有効期限問題」、これがこのロンドン入国で再び問題にならないか、それを少しだけ懸念していた。
 
 もはやギリシャでは何の問題もなかったため、同じシェンゲン領域国のオランダへの入国は問題ないのではないか。
 ただしイギリスはシェンゲン協定に署名していない。だからイギリスではしっかり入国審査をされてしまうのだろうか?
 しかしイギリスの必要とするパスポート残存期間は「帰国の日まで」である。
 それでもその次に行くオランダが必要とするパスポート残存期間は、ギリシャと同様「帰国の3ヶ月前まで」である。そうするとどういう審査になるのだろう?
 
 などと、ややこしいことをもろもろ考えながら、ガトウィック空港では不安の影が差していた。それでももろもろの審査やらの手続きは終わり、最後にEasyJetのチェックインカウンターで、「列長いなあ」と思いながらも、ひと安心しながら列に並んでいた。
 
 そんなとき、ようやく私たちがチェックインできる番が来た。カウンターの金髪女性がおもむろに
 「パスポートの有効期限が今年の12月になってるわね。これ大丈夫かしら?」
 と、あまりに自然に、あまりになにげなく、疑問文を投げかける。私の心臓はどきどきと鼓動が早まり、目は大きく見開いてくる。
 「ちょっと確認してみるわ」
 と彼女は電話をとり、内線か何かで誰かと早口で話している。
 
 「あのさ、パスポートの有効期限が今年の12月っていうパスポートの人がいるんだけど、これって大丈夫よね?ん?問題ない?オーケーオーケー、了解」
 
 電話を切ってから、「問題ないわ」と彼女。私は思わず安堵の笑みをこぼした。
 
 そこから、搭乗ゲートまで。これがまた空港がものすごく広くて、大変だった。しかも、搭乗ゲートを示してくれる運行掲示版は、搭乗の10分前にならないと、どの搭乗ゲートに行けばよいのかを示してくれないとのこと。そんな空港はじめて!と面食らった私たちは、とりあえずランチとしてそのへんのお店でドーナツを買って、ゆっくり食べて時間をつぶす。ほどなくして、待ちに待った搭乗10分前。運行掲示板に、搭乗ゲートの番号が出た。標識にしたがって、そのゲートへと向かう。しかし歩いても歩いても、曲がり角を曲がっても曲がっても、目的のゲートにはたどり着かず、ただ長い道が次々と現れる。
 「これ、めちゃ遠いじゃん」
 「10分で行ける距離じゃないよね」
 「苛酷すぎるじゃろ」
 「まじ苛酷」
 ザキントス島以来「苛酷」が流行語になっていた私たちは、「苛酷」を濫用して、大変な状況をも笑いに変えていた。
 だんだん、ゲートの遠さがわかってきた私たちは、いつのまにか必死になって、ほとんど駆け足に近い速さで歩を進めていた。
 
 そのとき、後ろからバタンバタンとなにやら騒がしい音がする。左を見ると、ベージュの素敵なタイトスカートのスーツを着た40代と見える金髪女性が、騒がしく私たちを追い抜いていく。彼女は白人にしては細身で、そのキャリアウーマン風のいでたちからは知的な雰囲気も醸し出されている。そんな彼女の騒がしい音の正体、それは彼女の華奢でおしゃれなサンダルの片方の靴底が、べろんとはがれて大変なことになっているのであった。しかし私たちと同様に非常に急いでいる彼女、そのサンダルべろんにはおかまいなしに、私たちよりさらに早足で、必死の形相で歩き続けているのである。
 
 滑稽なる大惨事!
 
 私たちは思わず笑ってしまっていたので、おそらく彼女も笑われていることに気づいたのだろう、何かその事態をごまかすように、ひとりで「マイ・シュー!(もう!私の靴!)」などとぶつぶついいながら、私たちの前を行く。そして、動く歩道に乗ると、とうとう、両足のサンダルを脱いだ!さらに加速し、走る!私たちも、笑いながらもサンダル女史に負けてはいけないと、走り始める!
 
 結局、最終的にめざしていたゲートは彼女と私たちは違うゲートだったので、彼女が間に合ったかどうか、定かではない。しかし、私たちは、このサンダル女史のおかげもあって、なんとか間に合ってゲートに到着した。
 
 
●2. オランダ予習
 ロンドンからアムスへの飛行機内では、オランダという国の予習をした。ガイドブック(地球の歩き方)も読んだし、それから「残業ゼロ、授業料ゼロで豊かな国 オランダ」という本を読んだ。そう、私にとってのオランダという国のイメージは、かなりのフリーダム(売春、マリファナ安楽死、ゲイ結婚、カジノなどの合法化または実質的な合法扱い)と、ワークシェアリングで一人一人の労働時間が少なく夫と妻が平等に働き平等に育児をする、というなんともユートピア的なものだった。なのでその知識を深めたいと、機内で本を読んだというわけである。
 
 地球の歩き方からわかったこと、それは、オランダではとにかくみんな自転車に乗ってるから、自転車借りたら便利だよってこと。あとは、オランダ人の平均身長は世界一だということ。
 
 「残業ゼロ」の本のほうは、正直、オランダに旅した後で考えると、旅行自体に役立ったとはいい難い。しかし、私はこの本にはそれは期待していなかったから、問題ない。この本では、オランダ人のメンタリティを文字を通してではあるが理解できた。
 
//この本の一節より引用その1
 「・・・らしさ」は、日本では今も期待されている。他人からの目。無言・無意識の他人からの期待にしばられて、自由に自分らしく行動することが難しい。
 「・・・らしさ」を気にしないでいられるオランダのような社会では、自分はどう生きたいのか、自分は何者なのかを常に考えそれに矛盾しないように行動することをしばしば厳しく問いかけられる気がする。

 
//この本の一節より引用その2
 (親の子供との接し方について)
 わざと世話は焼かず、自分はどんと腰掛けたまま、「自分でやってみてごらん」と自立を促し、少しでもできたらすかさずほめる。一方、自分の子供が助けを求めているときには、他人の視線は気にせず、からだいっぱいの態度で愛情を注いでやる。

 
 そんなオランダには、パートタイム就業を正規雇用(年金、有給休暇、社会保障の対象)として認めるワークシェアリングが根付いている。この結果、労働者が労働時間を選んで仕事を選べるようになり、雇用機会が増えて家計収入も増大し、失業率の低下にもつながったとのこと。ある家族のモデルとして、母親が週3日出勤(平日2日は育児)、父親が週4日出勤(平日1日は育児)、残りの平日2日は保育園に預ける、というモデルが紹介されていた。
 これをどう感じるかはもちろん人によると思う。私にとっては理想的な社会に見える。
 
 このあたりまでは、なんとなくの知識で、なんとなく知っていた。
 
 この本で新たに知ったのは、この形を実現し、根付かせたのは1982年の「ワッセナーの合意」であることだ。オランダ製品の国際競争力の低下と失業率14%という高さを背景に、政府の支援により、雇用者団体と労働者団体との間で、賃金の削減と、雇用確保のための労働時間短縮について合意したのだそうだ。
 問題は、これがワーカホリック大国、日本で実現可能か?というところにあるが、やっぱり、失業率もさほど高くなく、メンタリティ的にもワーカホリックで遊び下手な日本人にはなかなか難しいんだろうかないかなるものか。みんな、そんなに仕事がしたい?みんな、そんなにお金がほしい?
 
 そんなこんなを読みながら、アムス到着。アムスに着いたのは夕方で、近代的にきれいで清潔な街は素敵だったが、ギリシャに比べると、9月初めのアムスの空気はひんやりとしていた。長袖の厚手のパーカーを羽織るのがちょうどいいくらいの気候。
 
 到着したホテルは、想像していたよりもかなり小さくかなり古い代物であった。ギリシャで泊まった夢のようなホテルたちとは雲泥の差だ。もちろん、アムスは都会だしのんびりホテルで過ごすというよりは街に出てすごしている時間がほとんどだと思うからと、意図的に、ギリシャよりもグレードのだいぶ低いホテルを選んだのは確かである。しかし、こんなにも横幅が狭くてエレベーターすらない宿だとはきいていない。フロントのにいちゃんは(フロントというよりもカウンターといったほうがしっくりくるような小さなフロントである)、金髪くるくるパーマで愛くるしい顔立ちはしているが、なんともバイト風の感じである(失礼)。とりあえず一生懸命、重いスーツケース×2人分を夫が階段で運んでくれ、部屋に着くと、「ダブルベッド」を予約したのに「ツインベッド」の部屋であった。
 「まあ、しかたないよね!」
 「まあまあまあ、アムスだし、ね!こういうのもいいじゃん!」
 お互いに下がってくるテンションを隠しつつ、励ましあう。むろん、ホテルで長居はせず、早々に夜のアムスに繰り出す。アムスの繁華街は、多国籍感が満載で、マリファナのにおいにしょっちゅう遭遇した。多国籍の中の、適当なイタリアンレストランで食事をとって、ワインとビールで酔っ払ってぼーっとした私たちは、結構な時間をかけて歩いてそのモーテル風のホテルに戻り、眠りについた。