Modern Life Is Rubbish

美しいもの。本、映画、音楽、そしてそのほか雑文

「オーバー・フェンス」

★★★★★(5点中5点)

あらすじ:
家庭をかえりみなかった男・白岩は、妻に見限られ、東京から故郷の函館に戻りつつも実家には顔を出さず、職業訓練校に通いながら失業保険で暮らしていた。
訓練校とアパートの往復、2本の缶ビールとコンビニ弁当の惰性の日々。
白岩は、なんの楽しみもなく、ただ働いて死ぬだけ、そう思っていた。
ある日、同じ職業訓練校に通う仲間の代島にキャバクラへ連れて行かれ、そこで鳥の動きを真似る風変りな若いホステスと出会う―。名前は聡(さとし)。
「名前で苦労したけど親のこと悪く言わないで、頭悪いだけだから」
そんな風に話す、どこか危うさを持つ美しい聡に、白岩は急速に強く惹かれていくが…
(filmarksより)

製作年・製作国:2016年・日本
監督:山下敦弘
原作:佐藤泰志
キャスト:オダギリジョー蒼井優松田翔太北村有起哉満島真之介、他


「普通で退屈な男」と「エキセントリックな女」の交流と救済

とにかく暗く重たそうだったので、観るのを躊躇していた作品。
蒼井優が好きなので、勇気を出してようやく観てみた。

すると。
久しぶりに「映画を観た」感覚に陥らせてくれた作品だった。
印象と余韻とがひどく、数日間もの間(おおよそ4日間ほど)続いた。

印象的な美しい音楽(特に予告編やエンドロールで流れるテーマ曲)。
暗く閉塞感のある地味でしがない低所得世界(失業男とキャバクラ女の話)の場末感。
そしてその暗い雰囲気と対照的な空や海の水色の明るくさわやかな色彩。

そうした印象的な映画的「要素」以上に、私の心をわしづかみにしたのは「普通で穏やかで退屈な男」と「エキセントリック(と周囲から思われがちな)女」の交流、そしてお互いがお互いに救済される、その描写だった。
端的にいうと、少なからずの「共感」が自分にはあった。
過去の自分の経験と重ね合わせていた部分も部分的にはあるだろう。

女は鳥の真似をしたり、ヒステリックに怒ったり、キャバクラの中で急に一人だけダンスを踊り始めたり、機嫌がよいときは誰よりもかわいらしい無邪気な笑顔を見せるが、機嫌が悪くなると急に相手を突き放す(「帰って」とか「一人でタクシーで帰って」とか逃げ出すとか)。まあとにかく感情の起伏と相手への迷惑が甚だしい、独特の魅力があるかもしれないがかなりめんどくさい女である。
加えて、まあ「誰とでも寝るらしい」という真偽のほどはわからない人物設定でもある。

一方、男は穏やかな性格で、他人との対立を好まず、愛想笑いやどっちつかずの意見が得意な、表面的にはいわゆる「普通にしている」男である。
内面的には、彼は妻子との別離を経験したばかりで
「何の楽しみもない。ただ働いて死ぬだけ」
と人生を悲観的に構えている部分がある。

男と女は惹かれ合ってゆく。
女は男を突き放しては男のもとに戻る、を繰り返しながら。
彼らはおそらくお互いが求めていたものをお互いが与えあうことができ、双方に救済し救済され合う関係に見えた。
自分も似たような経験があり、共感した。

女は
「今日から自分が変われるかもしれないって思ったのに。もう死んだみたいに生きなくてもいいって思ったのに」
と言う。
(このセリフは予告編でも出てくる)
女はめちゃくちゃな生き方をしながらも、ほとんど諦めながらも、ただ一人の向き合ってくれる人、自分を大切にしてくれる人を探していたのだ。
「普通に」愛し合える相手を。

男は
人生の楽しさや真剣さを諦めつつも、それでもそうした人生の彩りを探していたのだ。

こうした主人公の女と男を好きになれるか、あるいは共感できるか、で、この映画の好き嫌いはかなり分かれるだろうと思う。

だけどもしもこの男女にたいして共感しなかった人であっても、この作品の蒼井優オダギリジョーの恋に満ちた「良い表情」をみるだけで、恋を楽しみたいという気持ちにはなるかもしれないなあとも思う。



個人的名シーン2か所

最高の名シーンは、
キャバクラで聡(蒼井優)が音楽にあわせて踊りだし、最初は白岩(オダギリジョー)は彼女と一緒に踊ることについて
「いいよ」といつもの「普通の人」トーンで遠慮がちに断るのだが、その後何かを振り切ったように白岩が聡の調子にあわせて踊り始める場面。
ふわっと聡を抱きしめるその白岩の優しい抱きしめ方、その一瞬びっくりすると同時に安堵する聡の表情、もうこれがたまらなく泣けます。
何回観ても泣けました。

この瞬間に、きっと長年の間むちゃくちゃな生き方をしながらも、彼女が求めていた「普通に」愛し合える相手、自分を大切にしてくれる人が見つかったんだなあって思えて、自分のことのように感動して泣いてしまいます。

このシーンは踊り始める直前の代島(松田翔太)との3人の会話含めて、最高の形で成り立っています。
代島は聡を「ヤリマン」と称して、白岩にはあの女はやめとけと言い続けてるわけです。
そんな中、二人はそれを振り切って、精神的に結ばれます。

もう一つの名シーン。
白岩が若い女の子がいる飲みの席で
静かにブチ切れるシーン。
「君ら笑ってるけど、何にも面白いこと起きてないよ」
「すぐに面白いことなんてなくなるからさ」
「ただ生きてるだけ。何の楽しいこともなくただ働いて死ぬだけ」
主人公、そして原作者の人生観が垣間見られるシーンです。



恋愛以外のテーマは「ここから抜け出して変わること」

そういうわけで、2人の恋と救済が中心に描かれますが、恋愛以外のテーマ、もっというと恋愛も包含して結局トータル何をテーマにしてるかというと。

ここから抜け出して変わること。

だと思います。

職業訓練校、キャバクラ…。
みんな今は一時的な居場所であって、この後もっと光輝く場所にいけると。
諦めも持ちながら、それでも希望も持っている。
主人公の白岩以外の男性キャラクターはほとんどが職業訓練校の同じクラスの面々です。彼らの諦めや今いる場所への苛立ち、そうしたネガティブな感情と、希望とが、同居しているさまが、この作品の根底を流れる空気のように存在しています。


ベティ・ブルーを少しだけ思い出す

余談ですが、観終わった後、なぜか昔観たフランス映画「ベティ・ブルー」の印象的な音楽が頭の中を流れ始めました。

もちろん「ベティ・ブルー」とは全然違う話だし作品としても全然違う。
「ベティ・ブルー」はもっと映像と音楽の美しさが際立っていたし、「ベティ・ブルー」の女はもうこれはクレイジーすぎて異常者レベルで、見た目も個人的にはかわいくないと思う(蒼井優演じる聡はかわいい)。

ただ、なんとなく思い出しちゃいました、「ベティ・ブルー」。
おそらくエキセントリックな女と穏やかな男という構図が似ていたんでしょうね。

蒼井優オダギリジョーの名演技

最後に蒼井優オダギリジョーの名演技にも触れておきます。

もう、もともと蒼井優見たさにこの映画をみたわけですが、その期待を軽く超えてくる蒼井優の演技でした。
かわいいときは最高にかわいいし(特に笑顔やはしゃぎ方などポジティブな感情のとき)、めんどくさいときは最悪にめんどくさい(ヒステリックな部分)。
もう聡が乗り移ってるとしか思えない。
加えて、彼女はバレエを長年やっていたため、線の細い体の姿勢や身のこなしが本当にきれいで。

一方のオダギリジョーも、抑えた演技が光っていました。
個人的に声やしゃべり方が優しく色気があって、素敵でした。

そのほかにも脇を固める役者さんたち、松田翔太北村有起哉、カツマタさん役のおじいさんなど皆さん素晴らしかったです。